「夢みる校長先生」上映会終了のご報告とトークセッション
去る2月22日㈭、当会主催の「夢みる校長先生」上映会が皆様の支えにより大盛況のうちに終了いたしました。当初は1週間の限定上映の予定でしたが、連日の満席を受け、「観られなかった方がいないように。」という会場・フォーラム福島支配人様のご厚意により+1週間のロングラン上映となりました。この映画に向けた多くの方々の様々な想いが溢れ、実行委員一同まさに「夢みる」展開の2週間を過ごさせていただきました。
本日は、その中でも最も多くのお客様にいらしていただいた2月11日の上映会後のトークセッションの様子を一部お届けします。
トークセッションには、映画にご出演された原口真一元校長先生と福島市で校長先生としてご活躍されていた岩下聡先生にご登壇いただき、両校長先生が大切にされた想いや「子どもファースト」な公立学校の作り方についてお話しいただきました。最後にご鑑賞のお客様との質問にもお答えいただき、大変密度の濃い時間となりました。
原口先生(以下、敬称略) 今日はこのような場にお呼びいただきありがとうございます。最初にご挨拶ということで…、私の願いは「早く大人になりたい」という子どもを育てたい。つまり成長することに希望を持って生きてほしいと思いながら教員をしていました。
ひとつ最初にお話しさせていただきたいのは、映画「夢みる校長先生」内では感染対策のことだけを取り上げられていますが、それは私が校長としてやり遂げたかったことをするための手段のひとつに過ぎなかったということです。前提として、私の勤務する栃木県ではひとつの学校に校長として在任できるのは最長でも3年で私は2年と決まっていましたので、初年から全力投球で経営構想のための変革に取り組んでいました。
具体的には定期テストをやめて、宿題を選択制にしています。そして、通知表の見方、校則を見直し、体験学習を相当増やしました。そういったことを全部やろうとした矢先に、コロナ禍になってしまった。ここでストップされるわけにはいかないと思い、感染症について調べ始めたことがきっかけであり独自の感染対策をしたことがすべてではないということを最初にお伝えしようと思っていました。今日はよろしくお願いします。
岩下先生(以下、敬称略) 今日はよろしくお願いします。私も2年前まで福島市で校長をしていたので夢みる校長先生の端っこにはいたと思います。最初に映画の率直な感想ですが、まずは校長を主役にするなんて監督やるなあと思いました。どの学校にも提案性のある実践例がたくさん詰まっていました。実は、私は最初にこの映画のチラシを見たときに「校長先生は大統領」という言葉が引っ掛かり、こめかみのあたりがぴくぴくしたんです。え?大統領?と。でもこれは尾木ママ流の校長に対するエールなんだなと映画を観て解釈しました。
また、私はこの映画に出てくる校長先生を3つのグループに分けてみました。一つ目は、子どもが笑顔になるためによい実践を継続された校長先生。二つ目は、子どもが笑顔になるために今までの当たり前に風穴を開けた校長先生。そして三つ目、原口先生はここにあたると思うのですが、コロナの時代に新しい「当たり前」を築こうとされた校長先生。原口先生のコロナ禍での覚悟をもった実践は素晴らしかったと思います。今日はこのあたりのご苦労を深堀りしたいと思います。
原口 私が2年間と決められた学校経営構想の主題はひとつだけでした。それは子どもたちの『右脳を鍛える』ということです。右脳とは感性です。人間って、(右脳で感じる)楽しいと思うものでないと身につかないのです。そして、(右脳で)「問いを持ちましょう」つまり疑問を持ちましょうということです。国のほうでも10年ほど前に教育改革が始まり、新しく『主体的・対話的で深い学び』という考え方を取り入れています。これは何かというと「主体的」=「自分で考えましょう」そして「疑問を持ちましょう」という意味も含みます。要するに問いが無いと学びって始まらないんです。
私は、この考え方は教員になってから常に持っていました。だからこそ、あのコロナ禍で日本中が異様なほど一斉に同じ方向を向き始めたときに「ここに疑問は無いの?」と強く思いました。そこからのマスクの自由化だったんです。
映画の中でも話しましたが、ここに関しては他の先生方が本当によく頑張ってくれました。まず、何でもそうなのですが先生方が楽しまなければ、子どもたちは楽しめません。映画で住田校長(横浜市立日枝小学校長)も仰っていましたが、校長の不安は教員や子どもたちに伝わります。何より私が不安にならないために感染症についてとことん調べることにしました。
岩下 先ほども申し上げたように「校長は大統領」ですと、どうしてもトップダウンのイメージが強いですが、今の原口先生のお話を伺っていると他の先生方に方向は示すけれどもそこからのボトムアップを大事にしていらっしゃると感じました。
原口 そうですね。やはり最終的に子どもたちと接するのは先生方なので、僕がどれだけトップダウンで「感染症なんてたいしたことないよ。マスクなんてしなくていいよ。」と言っても先生方に不安があったら、それは子どもたちにも移るので、どのようにまず先生方に安心してもらえるかの視点に立つと先生たちの不安を一度吸収してから、「僕はこうしたい」という『アイ(I)メッセージ』を伝えようとしていたつもりです。
岩下 私が校長だったときのことを思うと、自分がこうしたい・こう変えていきたいというときの合意形成が最も難しいと感じました。特に公立学校は「学区」で集まる子どもや保護者のいる場なのでいろいろな立場や考え方の人がいます。そういう中で合意形成してくことは非常に難しいと思うのですが、例えば原口先生はあのコロナ禍でも修学旅行を実施されました。どのように合意形成を進めたのでしょうか。
原口 まずは保護者会を相当やりました。5回か6回、来られない保護者には別日を提案し、とにかく全員の保護者と話をしました。特に体質の面で心配をかかえる子とそのご家族が居ました。保護者の方の不安を一旦すべて受け止めてから、感染症に関するいろいろなデータを示しました。そのなかのひとつが実効再生産数(※)です。当時の栃木県から京都までの経由地の実効再生産数を逐一調べると、どう考えても交通事故にあうよりも感染の確率は少なかった。こういった論理的な根拠を示し、そのうえで「私は連れて行ってあげたいんです。」というアイメッセージを伝えました。最終的に行く・行かないの判断は各家庭に任せましたが、結果的に全員旅行に行くことになりました。説得という形ではないんです。だって子どもにより健全な成長を期待するのは教員も保護者も同じはずですので。
卒業式の日、その最もご心配された生徒の保護者さんが私のところに来てくれて「原口先生が校長で良かった」と言ってくれたことがとてもありがたかったと思います。
岩下 対立ではなく対話が、学校と保護者を繋いでいくのですね。
原口 よくクレーマーという言葉を耳にしますが、わざわざ学校に意見を伝えに来てくれる保護者は「困った保護者ではなく、困っている保護者なんだ」と教員には何度も伝えてきました。
岩下 映画の中で尾木ママが言っていたように保護者さんが何か学校に意見を伝えたい・変わってほしいと考えているときは3人くらいで校長室に行って穏やかに対話から始めたりするといい方向に繋がるかもしれませんね。
※実効再生産数…すでに感染が広がっている状況において、一人の感染者が次に平均で何人にうつすかを示す指標。
◆原口真一(はらぐちしんいち)先生
写真左。栃木県の公立学校の教員として35年間奉職。最後の4年間は校長として学校運営に携わる。定年退職前の1年間はコロナ禍に直面し、感染予防対策と教育の質確保の両立を模索しながらの学校運営を余儀なくされた。世の中がパニックとなり、冷静な判断が迫られる中、「校長の不安は学校を窮地に立たせる」との思いから、多くの専門家に知識を学び、職員、保護者、地域の皆さんと協力し合いながら安心感を基盤とした学校運営の実践に努めた。「子どもファーストな学校運営」を目指した取り組みが映画「夢みる校長先生」にも取り上げられた。
2024年1月、著書『なぜコロナ禍でもマスク自由を推奨したのか 監修:堀内有加里』を出版。
※なお、こちらの書籍の売上と印税は全額、子どもにかかわる活動や社会的バイアスに負けずに志をもって活動する諸団体への寄付にあてられます。
◆岩下聡(いわしたさとし)先生
写真右。福島県公立小学校での教職経験を終えた後、2022年4月に「子どもと親とみんなの笑顔サポートimacoco(イマココ)」を立ち上げ、福島市を中心に皆さんが笑顔になるお手伝いをしている。昨年11月には新たな活動として、学校や家庭とは異なるもう一つの子どもの居場所シン・テラコヤあつまーるの活動を始める。福島市御倉町の御倉邸で志を同じくする仲間たちと学校に通わない選択をしている子どもと親への「ココロの居場所」サポートをしている。
あつまーるインスタグラム https://www.instagram.com/p/C0QyR-Ky_qW/
原口先生、岩下先生の子どものありのままを尊ぶお考えに大変感銘を受けました。
昨今の時代や子どもたちの変化に応じて、国(文科省)も旧来の教育を見直す段階に入っていることは確かです。それが2020年に学習指導要領に加わった「主体的・対話的で深い学び」「生きる力 学びのその先へ」の考え方です。
しかしながら、その意味を深く理解し具体的な形で実践をし、大きな教育改革を目指している学校はまだまだ少ないように感じます。そこには、校長先生の勇気と覚悟、保護者の理解と協力が不可欠です。
文科省の発表では、不登校の小中学生は30万人。不登校のカテゴリーに入らない子どもを含めるとその数は60万人とも言われているそうです。子どもの権利や心を守る教育や社会の実現には多くの大人が「自分事」として捉える必要があります。
原口先生、岩下先生のお話を聞きながら「主体的・対話的で深い学び」が必要なのはまずは私たち大人であると強く感じました。
みんなの笑顔を結ぶ会福島では、そのような場をまた何らかの形で皆様にご提案できればと思っております。
最後になりますが、上映会の実現のためにご尽力いただいた多くの方々、会場に足をお運びいただいた方々に改めまして感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
大切なのは「これから」です。
皆様のご関心により生まれたこの芽を大切に育て、枝分けし、あたたかく大きなムーブメントをこの福島から起こしていければと切に願っております。
上映延長期間は不朽の名作と肩を並べた校長先生たちでした。
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